現場入り体力を消耗するも
平面が漸く、見て来たので面白い。とても広大な敷地である。
建設現場には当然ながら様々な国で生産されたものが集まる。
中東ではアジア建材はほとんど使われないが
重機やファシリティでは時々よく知った企業名を発見することは以前述べた。


本工事に携わって勉強しているのは
Spec,Standard,Codeと呼ばれているものである。
日本で仕事をする場合、国交省発行の共通仕様書をベースに
特記仕様書を別途作成、建築基準法に消防法、都市条例といったものの範疇で
設計を行っていた。
各社の持ち寄るマテリアルや施工要領書が英国やアメリカ、トルコ、フランス、ドイツにカナダと
様々な国の規格で保証を謳っている。
便利な言葉としてインターナショナルスタンダードといった言葉もある。


性能仕様規定の具体的な数値はどうして導かれたかが分からないと
よその土俵で相撲は取れそうにない。


絵は本社で描けど、詳細の擦り合わせは現地事務所に投げて進めるのが定石となっているそうだ。
一口に「現場」と言ってみた所でどこまでタッチしているかは人によって随分と差があり
それをやはり、各人が一同に介したところでは「現場」などという便利な言葉がまかり通っているように思える。
プロフェッショナルという錯覚を与えてくれるこの甘美な言葉は慎重に受けとめたい。


コンクリートや土といった今日では基本的なものに含まれるものが
どこで作られたものかが、性能以上に精査されている。
上記の規定以外に政治的規定があるようなのだ。
それは国家間の軋轢があれば、物理的にコストが跳ね上がるだけでなく
アメリカ人の捏ねたセメントと、中国人のセメントの間には
得体のしれない先入観が砂利と一緒に混入されている。


しかし先入観と言っても、Quality Controlには随分と開きがあると感じられる。
人種や国籍差よりは、政治や環境といったものに違いがあれば
自ずと、彼らが求める社会のイメージにもギャップが生まれる。
これはどの程度ならコンクリート工事は良いのかという精度に繋がるように思える。


行人 (新潮文庫)

行人 (新潮文庫)


本書を読んでいると
同僚が漱石と鴎外なら鴎外だと言う。
よく聞くとおもしろい。


サルトルカミュ
で行けば、後者に当たるのが鴎外となるそうだ。
ベルニーニとボロミーニ
ノイトラとシンドラーというのもこれに当たりそうだなと思えた。