建築の本ばかりで、かなり飽きている。
もっと広く読まねば。きっとそうやって関心を広げないと壷の中である。
リアリストであることと同じくらい大事なことである。


クラマタが裁判所のデザインに対して批判文を書いたように
例えば、人が人を裁くことにキナ臭さを感じたクラマタは
批判をせねば、と思い行動へと走る。


ここには、この大きさは相応しくない、と感じる身体は
言語でいかにして表現できようか。
直観がどれほど信じられようか。


やはり言語によって活発に活動している身体なら
発信されている電波も拾えるのだろうと思える。


言語化の作業は、硬直的であってはならぬと思う。
鈴木博之平等院鳳凰堂の保存について批判しているものがあった。
磯崎新が横浜にシンボリックは必要ないのではないかと言った。
率直な事に気づかぬことに、なんと洞察力が欠落しているのかと自己嫌悪に陥る。





がらんどう

がらんどう

古谷誠章 著


古谷教授の新書。
言葉をころころと扱う文体は、少し饒舌すぎるようにも感じるが
言い方一つで、そこに豊かさが加味されることも熟知しているように感じる。
本書は、古谷の言語域の広さを示した本だと言える。


ボリュームの大きさが言語化を待っている状態であることを再確認した。

乾久美子 - そっと建築をおいてみると (現代建築家コンセプト・シリーズ 3)

乾久美子 - そっと建築をおいてみると (現代建築家コンセプト・シリーズ 3)

乾久美子 著

長谷川㐮 著


倉俣史郎についての論考を読む。


あまりクラマタの事は存ぜぬが
この人が読書をして、ぶっとんでしまう様子が良かった。
言語域をもっともっと広げたいと勇気をもらう。

映画的建築/建築的映画

映画的建築/建築的映画

磯崎新の思考力―建築家はどこに立っているか

磯崎新の思考力―建築家はどこに立っているか