2005年に東京大学出版会から出たもの
生産に関心があり、読んでみることにした。
今日読んだものは以下の二本。


「日本の建築家が鉄筋コンクリート造に見た可能性」
著者 藤岡洋保


「メタル建築論」
著者 難波和彦



材料と生産という論点でなくとも
近代は、ガラスとコンクリートと鉄を語ることで多くを語れるように思う。


藤岡は、RCを主にその形の再現性に注目して筆を進めている。
19世紀中頃にジョセフ・モニエの植木鉢からドイツを経て伝来したこの材料が
日本でいかにして、形を作る現場に受け入れられたかを知ることができる。
RCが持つモノシリックで自在な形を作れる特性を持って、
技術と表現の関係が浮き上がったと藤岡は最後に締めくくっている。



一方、難波は建築の四層構造というマトリクス的な建築論を展開しており
メタルという切り口を単に材料的視点を超えたものとして捉えている。
ポーゼナーを引いて非物質化、ポーリーを引いてエフェメラリゼーションという言葉を導入し
ロウがやったような手つきでフラーの建築を中核に据えた建築論としてこの言葉を紹介しているようだ。
アールヌーボーのあたりが興味深かった。


これまでになかったものが、歴史に残るという発明史のような感じは材料という視点であればこそか。
ある個人の美学による史観を超越しようとした先が客観的な一番手を探すことになるのか。
これは超高層で世界一を競うのと同じような資本主義的な匂いを感じる。