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- 作者: 中上健次
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 1980/06
- メディア: 文庫
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先の文芸春秋に柄谷行人氏が
枯木灘といった名前の野球球団があったと書いていた。
中上の本著から拝借したという球団には
柄谷や渡部直巳、島田雅彦、いとうせいこうといった
面々が所属しているという。
中々機会を得られなかったが中上健次の仕事に触れてみようと
思った実際のきっかけは、上述の記事によった。
かような情報的に辺鄙な場所でも
Amazonでクリックしていけば、たちまち中上の著書数点を寄せ集めることができる。
本書は読むことがかなり苦痛で、始終、呪いを自分自身にかけていくような
重い気持ちでページを捲った。岬に続き、ドロドロとした血縁に苦しみ、閉鎖的な熊野の地で
働くことだけで透明になろうしていく秋幸をどこまでいっても、自分が投影できずに悶絶していた。
本書中で「路地」が度々出てくる。世間やしがらみが形象化された場として描かれており、
どこにいても何かと縁づけられ、視線に絡まって行くそうした、身動きのとれぬ場所として
路地が映っている。
新大久保をだらだらの彷徨いながら路地を見てはパチリとやり、
地域社会の関係を見直すモデルとして捉えられていることに、少しばかり気が重くなる。
やおら、家具やわけの分からない板なんかを「あふれだし」、身動きがとれぬくらいのドロドロした人間関係を
もう一度などと思うと、ゾッとする。あれは、一種のジョークだったのだろうか。
土地や血にしばられた秋幸が身悶えする様子を辿りながら、
安住せずに飛び回っている小生の身を案じる。
コンビニの角をまがれば、バグダッドなのである。
我々が発見すべきは藤森らが見つけた路地ではなく、例えばDuty Freeのような
希薄さなのだと思う。