帰りは、ひどい大雨で有栖川宮公園は
ナイル川氾濫、天地創造といった感じの、どうしようもないものであった。
激流の雨水によって人の交通はせき止められ、
知らない人なのに妙な連帯感があった。
ちょっとキレイな感じのお姉さんと話せるチャンスだったのだが、
声をかけようとした瞬間、右足を深い水たまりに、突っ込んでしまった。
ジ・エンド。
ジム・モリソンの音楽が聞こえてきそうだ。


お気に入りの靴を濡らしてしまったことで、私は突如として不機嫌になり、
なにもかもが苛立たしい。
妙にしゃれた自転車にのる男に苛立ち、雨宿りしている連中に苛立った。
電車に乗れば、若い女が胸元をおっぴろげているのを
悲しいかな一瞬見てしまい、目が合ってしまった。
するとこの女、向きを90度回転させたではないか。
ひょうたんみたいな顔してる女が90度回転したところでひょうたんだ。
胸元を見られている気配が妙に女にはある。
しかしひょうたんにもあったとは。


後ろでは、着物の着付けのコツについて話すおばちゃんたち。
「あなた、毎日着なきゃだめよ」
と、この満員電車の中でスターウォーズに出てきそうな顔のおばさんの着付けの話を
延々と聞かされる悪夢。


そうして、不機嫌なまま家に着くと、友人からカラリとした葉書。
二度、三度読み返したが、カラリとしていることが分かる。
南フランスの気候がコンパクトなサイズで郵送されてきたのだ。
真っ白なシーツ、美しい女たち、上等なワイン
今日はいい日であった。


水と火

水と火

Jean-Luc Nancy 著


新書コーナーの顔ぶれを眺めて手に取ったもの。
よくわからないが、この人が超難解な哲学者であることは知っていた。
前にも何回かトライして挫折したが
本書は薄っぺらく、なんとか読めるのではないかと思った。
湖の描写から始まるが、湖の佇まいが綺麗だった。
何を書いているのか、途中でどうでもよくなり、キレイな湖畔に佇んだまま
本書と連絡が途絶えてしまった。


湖はコップの水とはその性格がどれだけ違うのか。
池は湖とは違うが、コップの水は湖っぽく感じる。
湖は、ただ窪んだ場所に水が溜まっただけであろうが
そのおかげで、レイクサイドという独特の質感が生まれている。
レイクといった響き、レイクショアドライブもそうだが
なにか、気になる語感である。


少なくとも湖は絶対的な水平を思考しているものと言える。
海は広すぎたことで水平とは異なり、川はまるで違う。
水が張りつめるためには、波や流れがあっては困るのである。
池は狭いが故に、フラットではないドロリとした感じがする。
粘性があるから違うのだろう。
コップの水は、そういう意味で湖と似ているのかもしれない。


とすれば、自然が作った人工的な環境がフラットかどうかにあるのかもしれない。